【正直な後悔】マイホームを建てて11年、いちばん効いてきたのは「35年続く固定費」だった話 2. 住宅展示場に「見るだけ」で行ったら家を建てていた話|40代が今さら気づいた住宅ローンの重さ 3. 【実体験】月々の返済より重かったもの|マイホーム11年目で気づいた「終わらない固定費」の話 ディスクリプション案: 11年前、住宅展示場に軽い気持ちで行ったら家を建てていた。月々の返済より重かったのは、固定資産税・設備点検・10年目からのメンテナンスという「35年続く固定費」。今は正直「賃貸のほうが気楽だったかも」と思う、40代のリアルな後悔を書きました。 ──────────────────────── ■ 本文(Markdown) ──────────────────────── ## 住宅展示場には、軽い気持ちで行ってはいけない 今思えば、すべての始まりは住宅展示場だった。もう11年前になる。 特に「家を建てよう」と決めていたわけじゃない。週末に、なんとなく。きれいなモデルハウスを見て、「こんな家に住めたらいいな」と思っただけだった。 でも、あそこは「見るだけ」で帰れる場所じゃなかった。今ならわかる。あれは、夢を見せて契約まで連れていくための場所だ。軽い気持ちで足を踏み入れた時点で、もう半分くらい乗せられていたんだと思う。 ## ハウスメーカーは、契約が取れればそれでいい 誤解しないでほしいんだけど、担当してくれた営業さんは、すごくいい人だった。感じもいいし、親身に話を聞いてくれた。 でも、冷静になって考えると、彼の仕事は「家を売ること」だ。こっちが契約してくれれば、それでいい。どんなにいい人でも、その立場は変わらない。 だから、住宅ローンは「組めるだけ組ませる」方向に話が進む。「将弘さんなら、これくらいは大丈夫ですよ」と。こっちの将来の家計まで、本気で心配してくれるわけじゃない。当たり前だ。それは僕自身がやらなきゃいけないことだった。 ## 「これくらいなら払えるだろう」で、判断してしまった そして僕は、その場の空気で判断してしまった。 きれいな家、いい営業さん、「払えますよ」という言葉。気持ちが盛り上がってしまって、「まあ、これくらいの金額なら払えるだろう」と。 ローンの金額を、感情で決めてしまったんだ。電卓を叩いて、何十年先まで具体的に計算したわけじゃない。「いける気がする」という勢いで、ハンコを押した。 一つだけ、自分を褒めるなら——ボーナス払いだけは設定しなかった。これは結果的に正解だった。ボーナスをあてにする返済計画は、ボーナスが減った瞬間に崩れる。そこだけは堅実だったと思う。でも、それ以外は完全に勢いだった。 ## 本当に効いてきたのは、月々の返済じゃなかった 家を建ててしばらくは、月々の返済はなんとかなっていた。「ほら、やっぱり払えるじゃないか」と。 重かったのは、そこじゃなかった。 固定資産税だ。僕のところは、年間で10万円ちょっと。一回の支払いだけ見れば、「まあ、払えなくはない」金額かもしれない。 でも、ある時ふと気づいてしまった。 **「これ、35年続くのか?」** 月々のローンに加えて、毎年この固定資産税が、これから何十年も、ずっと、終わりなく続いていく。家がある限り、ついて回る。その「終わらなさ」に気づいた瞬間、急に背中が重くなった。 ## 家は、建てたあとがお金がかかる そして、家を持つと「終わらない固定費」は固定資産税だけじゃない。これも、建てる前は本気で考えていなかった。 ボイラーなどの設備は、定期的に点検が必要になる。毎年のように、何かしらのメンテナンスのお金が出ていく。そして家が10年を過ぎたあたりから、いよいよ本格的になる。屋根、外壁、給湯器、水回り——「そろそろ替えどきですね」というやつが、次から次へとやってくる。 夢のマイホーム、かもしれない。手に入れる瞬間は、確かに嬉しい。でも、**本当に大変なのは手に入れたあとだった。** 固定資産税、毎年の設備点検、10年目からのメンテナンス。これが、ローンを払い終える35年間、ずっと続く。家は「買って終わり」じゃなくて、「持ち続けるあいだ、ずっとお金を食べる」ものだったんだ。 正直、今になって思う。**よっぽど賃貸のほうが気楽だったかもしれない、**と。賃貸なら、設備が壊れても大家さんが直してくれる。固定資産税も払わない。身軽だ。家賃はもったいないと言われるけど、「持つことの重さ」をまるごと背負わなくていいのは、それはそれで大きな価値だったんじゃないか。もちろん、これは人それぞれだ。でも少なくとも、僕の場合は、もう少し冷静に「持つ」と「借りる」を比べてもよかったと思っている。 ## 怖いのは「一回の金額」じゃなく「終わらないこと」 家計でいちばん怖いのは、一回の大きな出費じゃないと、今は思う。 一回なら、頑張ればなんとかなる。怖いのは、**毎年・毎月、自動的に出ていく固定費**だ。住宅ローン、固定資産税、保険、光熱費、設備のメンテナンス。こういうものは、こっちの収入が増えようが減ろうが、おかまいなしに同じ顔でやってくる。 しかも給料は、ローンみたいにきれいに右肩上がりにはならない。ローンの返済額は契約した日に固定されるのに、僕の収入は固定されていない。このギャップが、じわじわ効いてくる。 35年という数字を、契約のときにちゃんと「自分ごと」として見ていなかった。これが、11年経った今の、いちばん正直な後悔だ。 ## 11年前の自分に、一言だけ言えるなら 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。家は今もちゃんと建っているし、後悔ばかりしているわけじゃない。 ただ、もし11年前の自分に一言だけ言えるなら、これだ。 **「払える額で組むな。無理なく払える額で組め」** 「払える」と「無理なく払える」は、まったく違う。展示場のあの空気の中で出した「払えるだろう」は、いちばん条件がいいときの、いちばん気持ちが盛り上がっているときの数字だ。本当に見るべきは、収入が減っても、何があっても、35年間ずっと淡々と払い続けられる額のほうだった。 そして、これから住宅展示場に行こうとしている人がいたら、もう一つ。**展示場は「見るだけ」で帰れると思わないほうがいい。** 行くなら、自分の中で上限の数字をガチガチに決めてから行ってほしい。あの場所の空気は、想像以上に人を動かすから。 ——この「固定費の重さ」を本気で意識するようになったことが、実は今、僕が副業をコツコツ続けている理由の一つにもなっている。その話は、また別のところで。

マイホーム11年・35年続く固定費の重さを表すアイキャッチ
目次

住宅展示場には、軽い気持ちで行ってはいけない

今思えば、すべての始まりは住宅展示場だった。もう11年前になる。

特に「家を建てよう」と決めていたわけじゃない。週末に、なんとなく。きれいなモデルハウスを見て、「こんな家に住めたらいいな」と思っただけだった。

でも、あそこは「見るだけ」で帰れる場所じゃなかった。今ならわかる。あれは、夢を見せて契約まで連れていくための場所だ。軽い気持ちで足を踏み入れた時点で、もう半分くらい乗せられていたんだと思う。

展示場から感情が高まり組めるだけのローンを契約するまでの流れ図

ハウスメーカーは、契約が取れればそれでいい

誤解しないでほしいんだけど、担当してくれた営業さんは、すごくいい人だった。感じもいいし、親身に話を聞いてくれた。

でも、冷静になって考えると、彼の仕事は「家を売ること」だ。こっちが契約してくれれば、それでいい。どんなにいい人でも、その立場は変わらない。

だから、住宅ローンは「組めるだけ組ませる」方向に話が進む。「将弘さんなら、これくらいは大丈夫ですよ」と。こっちの将来の家計まで、本気で心配してくれるわけじゃない。当たり前だ。それは僕自身がやらなきゃいけないことだった。

「これくらいなら払えるだろう」で、判断してしまった

そして僕は、その場の空気で判断してしまった。

きれいな家、いい営業さん、「払えますよ」という言葉。気持ちが盛り上がってしまって、「まあ、これくらいの金額なら払えるだろう」と。

ローンの金額を、感情で決めてしまったんだ。電卓を叩いて、何十年先まで具体的に計算したわけじゃない。「いける気がする」という勢いで、ハンコを押した。

一つだけ、自分を褒めるなら——ボーナス払いだけは設定しなかった。これは結果的に正解だった。ボーナスをあてにする返済計画は、ボーナスが減った瞬間に崩れる。そこだけは堅実だったと思う。でも、それ以外は完全に勢いだった。

固定資産税・設備点検・大規模メンテが35年続くことを示す時間軸図

本当に効いてきたのは、月々の返済じゃなかった

家を建ててしばらくは、月々の返済はなんとかなっていた。「ほら、やっぱり払えるじゃないか」と。

重かったのは、そこじゃなかった。

固定資産税だ。僕のところは、年間で10万円ちょっと。一回の支払いだけ見れば、「まあ、払えなくはない」金額かもしれない。

でも、ある時ふと気づいてしまった。

「これ、35年続くのか?」

月々のローンに加えて、毎年この固定資産税が、これから何十年も、ずっと、終わりなく続いていく。家がある限り、ついて回る。その「終わらなさ」に気づいた瞬間、急に背中が重くなった。

家は、建てたあとがお金がかかる

そして、家を持つと「終わらない固定費」は固定資産税だけじゃない。これも、建てる前は本気で考えていなかった。

ボイラーなどの設備は、定期的に点検が必要になる。毎年のように、何かしらのメンテナンスのお金が出ていく。そして家が10年を過ぎたあたりから、いよいよ本格的になる。屋根、外壁、給湯器、水回り——「そろそろ替えどきですね」というやつが、次から次へとやってくる。

夢のマイホーム、かもしれない。手に入れる瞬間は、確かに嬉しい。でも、本当に大変なのは手に入れたあとだった。

固定資産税、毎年の設備点検、10年目からのメンテナンス。これが、ローンを払い終える35年間、ずっと続く。家は「買って終わり」じゃなくて、「持ち続けるあいだ、ずっとお金を食べる」ものだったんだ。

正直、今になって思う。よっぽど賃貸のほうが気楽だったかもしれない、と。賃貸なら、設備が壊れても大家さんが直してくれる。固定資産税も払わない。身軽だ。家賃はもったいないと言われるけど、「持つことの重さ」をまるごと背負わなくていいのは、それはそれで大きな価値だったんじゃないか。もちろん、これは人それぞれだ。でも少なくとも、僕の場合は、もう少し冷静に「持つ」と「借りる」を比べてもよかったと思っている。

持ち家と賃貸の負担の重さを比較した図

怖いのは「一回の金額」じゃなく「終わらないこと」

家計でいちばん怖いのは、一回の大きな出費じゃないと、今は思う。

一回なら、頑張ればなんとかなる。怖いのは、毎年・毎月、自動的に出ていく固定費だ。住宅ローン、固定資産税、保険、光熱費、設備のメンテナンス。こういうものは、こっちの収入が増えようが減ろうが、おかまいなしに同じ顔でやってくる。

しかも給料は、ローンみたいにきれいに右肩上がりにはならない。ローンの返済額は契約した日に固定されるのに、僕の収入は固定されていない。このギャップが、じわじわ効いてくる。

35年という数字を、契約のときにちゃんと「自分ごと」として見ていなかった。これが、11年経った今の、いちばん正直な後悔だ。

11年前の自分に、一言だけ言えるなら

過ぎたことを悔やんでも仕方ない。家は今もちゃんと建っているし、後悔ばかりしているわけじゃない。

ただ、もし11年前の自分に一言だけ言えるなら、これだ。

「払える額で組むな。無理なく払える額で組め」

「払える」と「無理なく払える」は、まったく違う。展示場のあの空気の中で出した「払えるだろう」は、いちばん条件がいいときの、いちばん気持ちが盛り上がっているときの数字だ。本当に見るべきは、収入が減っても、何があっても、35年間ずっと淡々と払い続けられる額のほうだった。

そして、これから住宅展示場に行こうとしている人がいたら、もう一つ。展示場は「見るだけ」で帰れると思わないほうがいい。 行くなら、自分の中で上限の数字をガチガチに決めてから行ってほしい。あの場所の空気は、想像以上に人を動かすから。

——この「固定費の重さ」を本気で意識するようになったことが、実は今、僕が副業をコツコツ続けている理由の一つにもなっている。その話は、また別のところで。


※この記事は、AI(Claude Code)の助けを借りながら、筆者本人の実体験をもとに書いています。

もっと具体的な「40代・非エンジニアのAI副業」のやり方は、本家ブログ YAMATO CHILL AI LAB にまとめています。
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