住宅展示場には、軽い気持ちで行ってはいけない
今思えば、すべての始まりは住宅展示場だった。もう11年前になる。
特に「家を建てよう」と決めていたわけじゃない。週末に、なんとなく。きれいなモデルハウスを見て、「こんな家に住めたらいいな」と思っただけだった。
でも、あそこは「見るだけ」で帰れる場所じゃなかった。今ならわかる。あれは、夢を見せて契約まで連れていくための場所だ。軽い気持ちで足を踏み入れた時点で、もう半分くらい乗せられていたんだと思う。

ハウスメーカーは、契約が取れればそれでいい
誤解しないでほしいんだけど、担当してくれた営業さんは、すごくいい人だった。感じもいいし、親身に話を聞いてくれた。
でも、冷静になって考えると、彼の仕事は「家を売ること」だ。こっちが契約してくれれば、それでいい。どんなにいい人でも、その立場は変わらない。
だから、住宅ローンは「組めるだけ組ませる」方向に話が進む。「将弘さんなら、これくらいは大丈夫ですよ」と。こっちの将来の家計まで、本気で心配してくれるわけじゃない。当たり前だ。それは僕自身がやらなきゃいけないことだった。
「これくらいなら払えるだろう」で、判断してしまった
そして僕は、その場の空気で判断してしまった。
きれいな家、いい営業さん、「払えますよ」という言葉。気持ちが盛り上がってしまって、「まあ、これくらいの金額なら払えるだろう」と。
ローンの金額を、感情で決めてしまったんだ。電卓を叩いて、何十年先まで具体的に計算したわけじゃない。「いける気がする」という勢いで、ハンコを押した。
一つだけ、自分を褒めるなら——ボーナス払いだけは設定しなかった。これは結果的に正解だった。ボーナスをあてにする返済計画は、ボーナスが減った瞬間に崩れる。そこだけは堅実だったと思う。でも、それ以外は完全に勢いだった。

本当に効いてきたのは、月々の返済じゃなかった
家を建ててしばらくは、月々の返済はなんとかなっていた。「ほら、やっぱり払えるじゃないか」と。
重かったのは、そこじゃなかった。
固定資産税だ。僕のところは、年間で10万円ちょっと。一回の支払いだけ見れば、「まあ、払えなくはない」金額かもしれない。
でも、ある時ふと気づいてしまった。
「これ、35年続くのか?」
月々のローンに加えて、毎年この固定資産税が、これから何十年も、ずっと、終わりなく続いていく。家がある限り、ついて回る。その「終わらなさ」に気づいた瞬間、急に背中が重くなった。
家は、建てたあとがお金がかかる
そして、家を持つと「終わらない固定費」は固定資産税だけじゃない。これも、建てる前は本気で考えていなかった。
ボイラーなどの設備は、定期的に点検が必要になる。毎年のように、何かしらのメンテナンスのお金が出ていく。そして家が10年を過ぎたあたりから、いよいよ本格的になる。屋根、外壁、給湯器、水回り——「そろそろ替えどきですね」というやつが、次から次へとやってくる。
夢のマイホーム、かもしれない。手に入れる瞬間は、確かに嬉しい。でも、本当に大変なのは手に入れたあとだった。
固定資産税、毎年の設備点検、10年目からのメンテナンス。これが、ローンを払い終える35年間、ずっと続く。家は「買って終わり」じゃなくて、「持ち続けるあいだ、ずっとお金を食べる」ものだったんだ。
正直、今になって思う。よっぽど賃貸のほうが気楽だったかもしれない、と。賃貸なら、設備が壊れても大家さんが直してくれる。固定資産税も払わない。身軽だ。家賃はもったいないと言われるけど、「持つことの重さ」をまるごと背負わなくていいのは、それはそれで大きな価値だったんじゃないか。もちろん、これは人それぞれだ。でも少なくとも、僕の場合は、もう少し冷静に「持つ」と「借りる」を比べてもよかったと思っている。

怖いのは「一回の金額」じゃなく「終わらないこと」
家計でいちばん怖いのは、一回の大きな出費じゃないと、今は思う。
一回なら、頑張ればなんとかなる。怖いのは、毎年・毎月、自動的に出ていく固定費だ。住宅ローン、固定資産税、保険、光熱費、設備のメンテナンス。こういうものは、こっちの収入が増えようが減ろうが、おかまいなしに同じ顔でやってくる。
しかも給料は、ローンみたいにきれいに右肩上がりにはならない。ローンの返済額は契約した日に固定されるのに、僕の収入は固定されていない。このギャップが、じわじわ効いてくる。
35年という数字を、契約のときにちゃんと「自分ごと」として見ていなかった。これが、11年経った今の、いちばん正直な後悔だ。
11年前の自分に、一言だけ言えるなら
過ぎたことを悔やんでも仕方ない。家は今もちゃんと建っているし、後悔ばかりしているわけじゃない。
ただ、もし11年前の自分に一言だけ言えるなら、これだ。
「払える額で組むな。無理なく払える額で組め」
「払える」と「無理なく払える」は、まったく違う。展示場のあの空気の中で出した「払えるだろう」は、いちばん条件がいいときの、いちばん気持ちが盛り上がっているときの数字だ。本当に見るべきは、収入が減っても、何があっても、35年間ずっと淡々と払い続けられる額のほうだった。
そして、これから住宅展示場に行こうとしている人がいたら、もう一つ。展示場は「見るだけ」で帰れると思わないほうがいい。 行くなら、自分の中で上限の数字をガチガチに決めてから行ってほしい。あの場所の空気は、想像以上に人を動かすから。
——この「固定費の重さ」を本気で意識するようになったことが、実は今、僕が副業をコツコツ続けている理由の一つにもなっている。その話は、また別のところで。
※この記事は、AI(Claude Code)の助けを借りながら、筆者本人の実体験をもとに書いています。
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